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学校道~がっこうみち その1

 僕たちがパン屋を営んでいる柳瀬地区から舗装された1車線の林道をくねくね登ってゆくと真弓地区にゆける。真弓地区がこの山の頂上でこの先の峠を南に下ると藤河地渓谷だ。
 この真弓地区は山の頂上から北東斜面に向かっており、急な斜面に棚田がポツリポツリとある。現在はもう3世帯しかないが、半世紀前、林業でにぎわっていたころはかなりの世帯数があったと聞いたことがあった。そのため子ども人数も多く、小さな小学校の分校があって、運動会なんかはとってもにぎわっていたのだそうだ。
 僕にはこの狭い地区のどの斜面にグランドがあったのかまったく見当がつかなかったが、あるときあそこが「学校跡だよ」と教えてもらったことがあった。そこは真弓地区のいちばん高いところに位置していた。草ぼうぼうの耕作放棄地のように見えたが、よくよく見てみると草と潅木の陰に崩れた建物があり、その横に錆きってしまった雲梯が見えたので、ここに本当に学校があったのだと納得したのだった。

 去年ぐらいだったような気がする。柳瀬のおばちゃんと四方山話をしていたときに、ふと真弓の分校跡の話を思い出して話題にしたことがあった。おばちゃんによると柳瀬の子どもたちも真弓の分校に山を登って通っていたのだという。柳瀬からは車で20分、距離にして約8キロの登り道だ。車道は山ひだを沿いながら徐々に高度を上げてゆくつくりになっているから、距離がある。ちょっと小学生が毎日通える距離ではない。
 そんなことを思いながら、よく話を聞いてみると柳瀬から真弓に「学校道」という尾根をつないだ山道がかつてあったらしく、その道を歩いて登れば子どもの足でだいたい50分くらいで真弓分校に行けた、ということらしい。「登り50分、帰りはもっと早かったよ」と昔その学校を卒業した方はさらりといった。「冬の日の空気が澄んだときには、遠くに由布岳がはっきり見える場所があってねえ」。「迷うことはなかったけれど、今はどうかなぁ」と話は続いた。
 面白そうだ、と僕は思った。是非歩いてみようとそのときは思ったが、話を聞いた時期が夏だったので、寒くなって虫やヘビがいなくなってからと、なんとなく先送りになってしまいそのままになっていた。
 ところがあることがきっかけで、探検してみる気になってしまい、こういう記事になっているのだった。
 
 国土地理院のWEBで2万5千分の1の地図を開いた。(地図はここをクリック。)学校道が載っているのかを確かめてみた。地図に柳瀬から真弓を結ぶ点線が掲載されていた。学校道だ。点線をもっと詳しく観察してみると、道は柳瀬から西の方角にのびる尾根をたどりながら、ピークに向かい、そこから西南西に真弓までゆるい谷を下ってゆくようにルートをとっていた。ピークまではおそらく迷わないだろう、しかし、問題はピークから下る道だ。等高線がややゆるく道がはっきりしないだろうという予想がたった。
 距離は柳瀬から真弓までをほぼ直線でつないでいるために、おおよそ4キロあるか、ないかだ。これならば、子どもでも十分徒歩通学圏内になるだろう。大人の足で迷わなければ40分、ゆっくりでも50分。証言と合っている。
 高低差は柳瀬がおよそ海抜200mでピークが464m、真弓が367m。最初の登りが250m近く上がるので、少し険しいかもしれないが、道はその分、はっきりとしているに違いない。

 12月16日。水曜日。天気、おおむね晴れ。風、ややあり。僕はコンパスと地図をフロントポケットに入れ、チョコレートと2Lの水と歌舞伎揚げを2枚入れたリュックを背負い、軽いハイキング気分で出かけた。

<次回に続く>